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  • マインドセット

    新入社員が全体の研修を経て現場へ配属される時期ですね。

    新入社員が現場に配属されて、一人前になるまでに必要な期間てどれくらいですか?

    その期間は今と昔どっちが早かったと思いますか?

    今も昔も、そりゃ本人の能力と言いますか、センスに依るところは大きいと思いますよ。物覚えの早い人材は何やってもどこ行っても直ぐに即戦力になると思うんですよね。物覚えのめっちゃ早い奴と、歴代語り継がれるような物覚えの悪い人材は統計学で言うところの外れ値だと思っていただいて。

    大多数の人材は先輩や上司に迷惑をかけながら時間をかけて一人前になっていくと思うんですよね。その過程、期間が今と昔、どちらが長いんですかね?

    立場上、新入社員や若手のコーチになる人間と話をする機会が多いですが、この時期は様々なコーチとのセッションの中で新人教育の話になる事が多いです。昔はハラスメントという概念もなく、完全なトップダウンで指示、課題を出し、時間に制限もなかったので、新入社員は死に物狂いで仕事を覚えて、それらをクリアできない人材は淘汰されていくという厳しい環境でしたね。って話が多いです。主観も働いていると思いますが、昔の方が成長曲線が速かった。ってイメージを持っている人が多いように思います。

    皆さんも同調できますか?

    昔(イメージは20〜30年前でしょうか)に比べて、今の方が圧倒的に情報量は多いと思うんですよね。なのに今の方が物覚えが悪いって、本当にスパルタで教育を受けていない事が原因だと思いますか?

    時代が進むと求められる事も増える気がします。常識がアップデートされるのは健全ですし、前と同じ事をやっていても厳しい評価になってしまうかも知れません。それらのバイアスを取り除いたとしても、今の方が人材育成に時間が掛かるのでしょうか?

    私は決してそうは思いません。

    時代が変わっているのに、旧態依然の方法で指導するから結果が伴わないのだと思います。現代人(コーチィ)に寄り添う事なく、古い価値観を持った指導方法が現在に追いついていないのではないでしょうか?

    勘違いして欲しくないのですが、寄り添う。ってのは決して甘やかして機嫌を取りながら指導する事ではないんです。ちゃんと本人の性格や能力を把握した上で、時間と場所を選んでコンフォートゾーンから引っ張り出して、本人が持っている能力を解放するのがコーチングです。

    その為には、傾聴、信頼、動機づけ、支援といったコーチングのスキルが必要になりますし、何より教える側(コーチ)のマインドセットを再構築することが大事になりそうですね。

    本人の持つポテンシャルを信じて、一緒に成長しようではありませんか。

    新人と新人コーチの成長と充実した人生を切に願います。

    Have a nice your journey!

  • マイクロマネジメント

    コーチとコーチィ、親と子、上司と部下、先輩と後輩、師匠と弟子、兄と弟、姉と妹、監督と選手、先生と生徒、世の中には様々な師弟関係がありますよね。

    自分が親だから、自分の方が経験あるから、自分が知識、技能を提供する立場だから。

    皆さん、自分の先輩、上司、師となる立場の人に完璧を求めますか?決して全ての問いに関して完璧な答えを求めている訳ではないと思うんですよね。ちょっとくらい完璧じゃないところがあった方が親近感わくと思いませんか?

    しかしながら師と呼ばれる立場の方々は、何を見ているのか?誰と戦っているのか?なぜに完璧を求めるのでしょうか?

    語弊を恐れずに言うならば、師という立場の方々は、自分や相手(コーチィ、弟子など)ではなく、自分を評価する立場の人々(かつての上司、先輩、自分の師匠、同僚など)の亡霊と戦っているのではないでしょうか?

    自分は優れた師である事を周囲に示したい、かつての師に成長した姿を見せたい。先輩として後輩に舐められたくない。同僚から一目置かれたい。姑から一切文句を言われたくない。それぞれの事情、考えがあって構いませんが、それって本質を捉えているのでしょうか?

    コーチとはコーチィの目指す目的地に送り届ける支援をする存在です。

    ですが、世の中のコーチと呼ばれる方々は、自分の能力を誇示するために見えない敵と戦い、そのプレッシャーをコーチィに与えているように見えてしまいます。

    コーチィの成長よりも、目の前の結果を重視するため、コーチィを支援するどころか自分の敷いたレールにコーチィを乗せて、自分の欲しい結果にコーチィを導いているのです。

    つまりその過程がマイクロマネジメントとなってしまっているのです。

    コーチィがレールから外れようとするものならば、コーチィの人格を否定し恩着せがましく、お前は恩を仇で返すのか?という極論に至ってしまうのではないでしょうか?

    私はこう思います。

    コーチも未熟でいいんです。コーチィと共に歩む過程でコーチィと共にコーチも成長し、同じ目線、同じ立場から新たな学びを得る事が健全で建設的で、お互いを信頼し尊重しながら新たなステージに登れるのではないでしょうか?

    自分が成長するからその姿を見て安心してコーチィも1歩1歩成長できるのです。その1歩を自分の力で踏み出す過程を大らかな眼差しで見守ろうじゃありませんか!

    物事を自分軸で捉える訓練を重ねれば、他人からの評価よりも大事なものに気づくと思うんですよね。

    このページに訪れて下さる皆様本当にありがとうございます。本質を捉えたコーチングを広めていきましょう。

    Have a nice your journey!

  • 新入社員

    春ですね。

    今年もまた希望を持った学生が新たな学び舎に集い、新たな辞令を受けた社会人が新たな環境で新たなチャレンジを始める季節ですね。

    人生、様々な転機を経験しますが、学生から社会人になる時の変化はかなり大きなターニングポイントではないでしょうか。

    お金を払って学ぶ立場から、社会の要求に応えることでサラリーを得る立場に変化します。

    大袈裟かも知れませんが、自由に発言をしていた立場から、一つの発言に責任が生まれ、社会に価値を提供する立場に変わります。

    学生時代に得た知識が、実社会でどれだけ活きるのか?

    希望を胸に新社会人としての生活をスタートさせるのではないでしょうか?

    今でこそ、ガチャという言葉が一般的になりましたが、自らが新社会人となって、初めて仕事のイロハを教えてもらう最初の教育係って物凄い影響力を持ちますよね!

    仕事のやり方は勿論のこと、社会人としての心構えであったり組織人としての立ち振る舞いあったり、自分が組織に属して自分の役割を全うするに当たり、かなり大きな影響を最初のトレーナーさんは担うと思うんですよね。

    これまで私自身も新人教育に携わりましたし、後輩達の指導育成方法や新入社員の成長も見させて頂きました。

    その中で印象に残っているエピソードを一つ。

    彼女はものづくりに興味があり、大学で学んだ知識を武器に希望と情熱を持って製造現場へ飛び込みました。

    そこで巡り合わせた先輩社員がとてつもなくマイクロでした。

    彼女は本当に頑張り屋さんで、物覚えも早く視野も広くこっちがブレーキをかけないと、壊れてしまうじゃないか?って心配になる人材でした。

    教育係の先輩がマイクロで、重箱の隅を突くようにできないことを永遠とダメ出しするんですね。恐らくですが彼は一生懸命教育をしているつもりなんでしょうが、第三者から見たらDVに見えてしまうようでした。

    就業時刻を過ぎてから永遠2時間も自論を説いているのです。

    悪趣味にも程があります。

    製造現場って本当に怪我が怖いんです。

    彼女には無理し過ぎて怪我しないように、優先順位とメリハリ、しんどいことを誰かが一手に引き受けても、組織が成長しないことをコーチングしました。

    彼にはコミュニケーションのイロハ、相手の立場に立って物事を考えることの重要性。褒めるときはみんなの前で。説教は相手のプライドを守るために個別で。と説きましたが、最後まで彼に響いたかどうか分かりません。

    私自身、今だったらもっと上手にコーチングできる自身はあるのですが、当時はまだ未熟で相手の深層心理まで訴えかける能力が不足していたように思います。

    コーチングの基本は、コーチィの長所を認め最大限に活かすことだと思うんですよね。ですが、真面目な人間ほど自分が信じる自分の価値観をコーチィに与えようと一生懸命になってしまうんですよね。

    彼も彼女も一生懸命なんですよ。でもそのままほっといたら彼女が潰れてしまう。と思ってタオルを投げました。

    彼も彼女もこれまで本当のコーチングに出会ったことがない故に残酷な環境を引き当ててしまったのです。

    人を変えようと思えば思うほど、相手は意固地になり益々反発します。相手の立場になって、相手の本心に寄り添って向き合って、相手を精一杯支援する。まずは相手の可能性を信じて信頼するのが最初のコーチの任務でしょうか。

    一刻も早く正しいコーチングを広めなければ!

    皆さんも一緒に行動してください。より良い世界のために!

    Have a nice your journey!

  • 皆さんの夢は何ですか?

    私の夢は好きなこと、本音を語れる世の中を作りたいですね。

    皆さんは本音を語れる人が近くに居ますか。

    私には学生時代からの友人が1名と社会人になってから知り合った波長の合うコミュ力おばけの合計2名が存在します。

    誰もが大なり小なり経験があると思うんですけど、夢が音を立てて崩れていく瞬間ほど残酷なことって無いと思うんですよね。

    かれこれ数十年前、小学校の時の記憶です。クラス内の数人で将来の夢というか就きたい職業の話になったんですよね。1人の男の子が将来の夢を「医者になりたい」って言ったんですよね。私は単純に凄いな。って思ったんですよ。俺なんて具体的なものが何もなくて、漠然とサラリーマンは嫌だな。って思ったくらいで。

    すると周囲のクラスメイトが、「お前は無理だ」「できっこない」挙げ句の果ては「すけべな奴だ」って言い出す人間もいて、医者って発言した当人の顔がみるみる引き攣って、「そんなの嘘に決まってんじゃん」って言ったのを覚えています。

    その彼は現在医療とは全く関係のない職業に就いています。

    小学生時代のその経験が医者という夢を諦めさせたのか、私には知る由もありませんが、一人の人間が持つ可能性を言葉の暴力によって閉ざされてしまったと思うんですよね。

    どうしてこんなにもこの国の人間は他人に対して寛大ではないのでしょうか?

    人と比較をされながら育てられたからでしょうか?

    Teachingの教育を受けてきたからでしょうか?

    多様性についての認識、教育が不足しているからでしょうか?

    島国で他国の文化を受け入れ難い環境だからでしょうか?

    身近な存在が他者の文句ばかりを言っているからでしょうか?

    どれも一理あるな。って思うかも知れませんが決定打にはならなそうですね(汗

    前にも言いましたが、私にエビデンスはないですよ。そんな私が思うには【考える力】が足りてないんだと思うんですよね。つまり自分で考える能力の欠如です。

    最初のコーチは親だって話を最初にしましたが、親の次に会うコーチは先生だと思うんですよね。先生の次に出会うコーチは上司とか先輩でしょうか。

    自分が成長して出会うコーチたちみんな、自らの正解に導くコーチだったらどうなります?皆さん(コーチィ)の興味があるもの、クリエイティブな発想からでた解は全て否定され、コーチが過去の経験で得た一番無難な解に導く主観しか持ち得ないコーチだったとしたら、、、自分の意見が否定され続けたら、誰だって自らの考え、アイデンティティに自信など持てず、気がつけば無意識にコーチの中の解を探す、考えることを止めた個人になると思いませんか?

    コーチィとすれば、異論を唱えて周囲を納得させる労力よりも、多数決で良しとされる解を選択することで、無駄な労力を使わずともコンフォートゾーンに居れるわけです。

    無意識のうちにコンフォートゾーンに留まる人間から見ると、コンフォートゾーンから外れた意見を自由に操る人間を疎ましく思うのでしょうか?自分が選択して留まっている場所を正当化するためにゾーン外の意見や個人に対して攻撃してしまいたくなるんですかね?

    裏を返すとコーチの立場からしても、自分の想像の範疇からはみ出た意見は自分の存在意義を否定されているようで、とてもではないが容認出来ないのでしょうか。

    立場はコーチなのですが、考え方がTeachingなんですよね。自分が教えてあげてる。って思考回路にある限り自らの考えに賛同する人間ばかりを優遇し囲う作業を繰り返しているように思います。結果として不幸にも考えることを止めた人たちがコンフォートゾーンを作り上げてしまっているのですかね。

    コーチはコーチィを目的地まで送り届ける役目である。というCoachingの基本理念が広がれば、自由に自分の意見を発信し、自信を持って自分の夢を語れるようになると思いませんか?

    つまりはお互いを尊重し合える多様性のある世界が形成されるのではないでしょうか。

    このブログに訪れて下さる皆様は、少なからずともCoachingに興味のある方々かと思います。

    一人でも多くの方にCoachingの理念が伝わるよう一緒に発信を続けましょう。

    それではまたお会いしましょう。

    Have a nice your journey!

  • 旅立ち

    卒業、入学、転入、転出、学生/社会人問わず環境が変わる時期ですね。

    皆さんは今年の春をどのように過ごされていますか?そもそもですが春は好きですか?それとも苦手ですか?

    環境の変化を迎えるときの胸中は、緊張とわくわくした気持ち、どちらが多くを占めていますか?

    私は学生の頃、クラス替えや新しい環境へ身を置く事に対して積極的な気持ちを持っていなかったような気がします。1年かけてやっとクラスがまとまり出し一体感が生まれてきたのに、わざわざそれを解体してまた1から組織を作り上げる労力やリスクに対しむしろネガティブなイメージを持っていたように思います。

    ですが社会人となってからは新しい出会いや新しいチャレンジを楽しめるようになって来たように認識しています。新しい環境に身を置く事で得られる成長であったり、新しい文化や価値観に出会い自分の視野を広げる作業が楽しい。と思えるようになったのですかね。

    突然ですがコンフォートゾーンという言葉を聞いた事がありますか?その名の通り心地い常態を指す言葉です。

    学生の頃、コンフォートゾーンという言葉を知る由もありませんでしたが、春になると新しい担任とクラスメートが発表になり、急に仲間となる事を強いられます(笑。

    夏にかけて課外授業やクラス対抗のスポーツマッチがあり、秋には体育祭や文化祭が催されます。それらのイベントを通じてお互いの強み弱みを知り信頼関係が形成され、一体感が増のではないでしょうか。春から秋までを駆け抜けた先の冬が今でこそコンフォートゾーンだったように思います。クラスのカラーやお互いの個性を誰もが把握し、誰かが方向性を示さずとも、暗黙でみんなが同じ方向を向いている常態を形成していたのではないでしょうか。

    次の春を迎えると、その居心地の良かったコンフォートゾーンを壊されてまた新たな環境に飛び込まなければなりません(笑汗

    学生時代は毎年、そのようなことを繰り返していたように思います。

    では、コンフォートゾーンに置かれている時と、コンフォートゾーンから飛び出した環境。どちらが自分を成長させてくれるのでしょう?

    そうです。困難を乗り越える過程で人は成長するのです。

    ここで義務教育や学生のカリキュラムについて議論するつもりはありませんが、強制的にコンフォートゾーンを抜け出し、ある一定のプレッシャーを与えることで成長を促す役目は果たしているようにも思います。

    コーチングとはコーチィの内省に向き合って、コーチィを支援し応援する活動なのですが、決してコーチィをコンフォートゾーンに留まらせる活動ではないんですよね。コーチィを理解して支援するのですが、コーチィの成長を促す為には意図的にコンフォートゾーンから抜け出させてじてコーチィ自ら困難を乗り越える術を身に付ける環境を提供することがとても大事だと思います。

    壁を乗り越えるためにコーチは、ロープを垂らしたり階段を作ってあげたりしたくなるのですが、壁を乗り越える方法を考えて実践するのはコーチィに任せたいですね。もし、壁の途中で落ちてしまっても、コーチィは別の方法を考えて別のやり方で乗り越えて欲しいと思います。それが自らの責任感と自己認識の醸成に繋がるように思います。

    コーチはコーチィの一番の理解者であって欲しいと思います。でもそれはコンフォートゾーンを用意する事ではなく、自らの手で壁を乗り越えられるようになるまで、信じて待つのもコーチの大事な役割ではないでしょうか。

    コーチィの新たな旅立ちを見守れたらコーチ冥利につきますね!

    またお会いしましょう。

    Have a nice your journey!

  • Hello everyone!

    みなさんこんにちは。

    訪問ありがとうございます。

    記念すべき初めてのブログは何を書くか迷いますね(笑汗

    繰り返しますが、COACHとは大事な人を目的地まで送り届ける事です。つまり自分(コーチ)が行きたいと思っている目的地ではなく、相手本人が心から行きたい!って思える目的地を一緒に見つけると共に、どうすればその目的地に辿り着けるのか?応援して支援して導いてあげる役目が本来のコーチに求められる役目かと思います。

    みなさんは誰かの子供ですよね。

    生まれて初めてのあなたのコーチは親子さんだったんではないでしょうか?

    皆さんのコーチはどのようなコーチでしたか?今の自分があるのは最初のコーチが素晴らしかったからですか?それともその後の人生の中で素晴らしいコーチと巡り会えたのでしょうか?

    人生の中で1人でも素晴らしいコーチに巡り会えた!って思える人って人口のうちどれくらいの割合で居るんですかね?

    その割合を少しでも上げられる為に情報を発信しますね。

    それでは本日のお題は親子にしましょうか。

    親がコーチで子をコーチィ(コーチを受ける側Coachee)と定義します。

    コーチはコーチィを初めて見た時、どのような感情を抱くのでしょうか?とても愛おしくこの子ためなら何でもしてあげたい!って思う人が多いんですかね?

    そんな愛おしい我が子も、一生懸命お世話をしているのに泣き止まない、大事な時に限って熱を出す。おっぱいをあげてオムツも交換したのに不機嫌。せっかく丹精込めて作った食事を食べてくれない。なかなか言う事を聞いてくれない。

    コーチも大変ですね。忍耐力のないコーチならば投げ出したくなってしまいますね。

    この子のためならと思って愛情注いでいるのに、なかなか思った通りにならない。なかなか思った通りにならないコーチィに対してコーチはどのように接っするのでしょうか?

    大声で威嚇する?物で釣る?恐怖で支配する?泣き落とし?私はあなたの為にこれだけ頑張っているのに?と諭す?

    あなたのコーチは、またはコーチとしてのあなたは、コーチィに対して褒めたり、応援するようなポジティブな声かけと、逆に叱る、罵る、ダメ出しするようなネガティブなインプットのどちらの声かけの割合が多いですか?

    前者が多い方がコーチィは自己肯定感が増し、自信を備え失敗を恐れず何事にもチャレンジする意欲が養われ、後者が多いとコーチィは自己肯定感を持てなく、失敗を恐れチャレンジする意欲は湧かないと思いませんか?

    みんなそれは分かっているんですよね。頭では分かっているのに、世の中は前者のコーチがどれほど多いことか。なんでそうなってしまうのでしょうか?

    私は子育ての専門家ではありませんし、研究者でもありません。データに裏付けされたエビデンスがあるわけでもなく、一個人の主観を述べるに過ぎませんので、そこは悪しからず。

    自分がコーチ(コーチという認識はないでしょうが)として、子育てをするのは誰もが初めての経験じゃないですか。真面目な方、一生懸命な方がより完璧を求めてしまうんですかね?完璧って何でしょう?コーチィの求めることに全て答えることでしょうか?自分を犠牲にして全てをコーチィに費やすことでしょうか?周りから、義父母から褒められるためでしょうか?

    長いこと日本の教育システムってTeachingを基本にしているじゃないですか。するとそのシステムの中で生きてきた人間は無意識に決められた答えを探すようになり、自分の回答が正しくないと不安になってしまうんですかね。

    初めてのコーチ、初めての子育てなんて間違うことばっかりだだと思うんですよね。でも失敗に対して寛容ではない社会で育ってしまったために、常に完璧を求め自分にも相手にも過度なプレッシャーをかけてしまい、結果生き難い世の中を醸成する一翼を自ら担う羽目になっているのではないでしょうか。

    みんな一生懸命頑張っているんですよ。でもそこをちゃんと見て褒めてくれる人ってどれだけ居るんですかね?ぶっちゃけ頑張りってあまり見えないじゃないですか?よほど結果が変わらない限りは。でも失敗って残酷ですのね?目の前で明らかに失敗してるのってめっちゃ分かりやすいし、相対的に自分の頑張りを肯定しようと思ったら、他人を批判することで自分の自己肯定感を増してるんですかね?

    みんな分かっていると思うんですよね、幸せになる為にには、他人軸じゃなくて自分軸が大事だって事を。

    大事なのは失敗から何を学んで次にどうやって活かすか?だと思うんですよね。でも残念ながら失敗を笑う奴、ちょっとみんなと違う意見を述べただけであいつは仲間じゃない。と同調圧力を周囲にかける奴。そういったマイナスのベクトルを発する輩と対峙して苦い経験を持つ人間は無難に、出しゃばらず周囲の中に埋もれて生きることが正しいことだと自分に言い聞かせてしまうんですかね。結果、小さな失敗から学ぶどころか軸を他人に移し論点をすげ替える能力ばかりが長けてしまうのでしょうか。

    もちろん、ネガティブなベクトルに立ち向かうことが出来る強い人間ばかりじゃない。って理解はしていますよ。でもこの現状、余りにも寂しくないですか。個性は悪だ。って風潮、他人の揚げ足ばかり取って喜んでいる輩の実に多いこと。

    確率の話ですが、平均寿命だけを考えたら親より子の方が長生きするわけですよね。一生自分が子の面倒を見るなら常に失敗の芽を先に取り除いてあげて、自分のコーチィが失敗を避けるようにレールを敷いてあげればいいんです。でも実際は子の方が長生きする訳で、世の中に失敗の芽を摘んでくれる人が居なくなった瞬間に自分で考えて自分で判断する能力が求められるにも拘らず、その能力が備わっていない為に責任を転嫁して同調できない因子を責める事で自分のアイデンティティを保とうとするのでしょうか。

    同調圧力や集団に1人で対峙しろ。って話ではないんです。現状に僅かでも疑問があるならば、物事を自分軸で考え判断する機会を増やそうじゃありませんか。

    子供なんて個性の塊です。他人と違って当たり前です。100ある個性のうち1つでも大人になっても持ち続けてコーチィの強みとして輝けるように、コーチとしてその個性を応援したいと思いませんか。

    子育てにおけるコーチングとは子供の失敗の芽を摘む事ではなく、自分で考えて自分の意思で行動できる健全な心を育むことじゃないんですかね!

    コーチとは、コーチィの可能性を信じて応援してあげる一番身近な応援団だと思うんですよね。

    ぜひ、皆さんも誰かの応援団になってあげて下さい。

    最後まで読んで頂きありがとうございます。

    近いうち、またお会いしましょう!

    Have a nice your journey!