投稿者: Give_san

  • 資質

    これまでコーチ目線で様々な議題についてコメントをしましたが、コーチに求められる資質って何ですかね?

    コーチィを何が何でもゴールに送り届けようとする熱意でしょうか?

    コーチィの僅かな変化をも見逃さない洞察力でしょうか?

    コーチィが自らの力で立ち上がるまでの過程を見守る忍耐力でしょうか?

    コーチィに寄り添い励まし、支援する能力でしょうか?

    コーチィのポテンシャル、強み/弱みを見極める能力でしょうか?

    世の中には様々な情報が溢れており、コーチングに関する文献も数多く存在するかと思います。

    過去の偉人たち、成功者は皆、行動することの重要性を説いているかと思います。

    現在、コーチ(親、先輩、監督、先生、上司、士業の方々などなど)と言う立場におられる方々が、現状を変えたいと思いは持っているのに何故行動に移せないのか?

    コーチングを学び行動に移したら、これまでの自分を否定してしまうようで踏み出せないのでしょうか?これまで指導したコーチィに申し訳ない?

    多様性や失敗に寛大でないこの世の中の文化が、変化することを阻害しているのでしょうか?

    軸が自分ではなく他人に向いているから行動できないのでしょうか?

    シンプルに世の中完璧な人間なんていないんですし、失敗から学んで先に進むことがもっと当たり前になったらいいな。って思うんですよね。

    他人からどう見られたいか?世間体は?とかではなく、自分が何をしたいのか?を軸にみんなが生きれたら多様性に富んだもっともっと前向きな世の中になると思いませんか?

    自分軸で自分の価値観で自分が成長することにフォーカスすれば、他人の悪口なんて言っている暇なんか無いと思うんですよね。

    識者、芸能人、政治家、ありとあらゆる人間が、ちょっと失敗したら世間が寄ってたかって責めるじゃ無いですか。完全なイジメですよね。別にあなたの人生に他人の失敗なんて影響なんて及ぼさないじゃ無いですか。

    様々な文献にコーチの資質として、傾聴、支援、寄り添う、励ます、忍耐力、空間認知、状況判断など色々なスキルが載っていると思います。確かにコーチングをするうえでそれらのスキルは大事になることでしょう。

    しかしながらそもそも、コーチ自身が自らを変化させる。と言う意思、決意がなければコーチングのスキルは絵に描いた餅になってしまいます。

    コーチ自身が変化を恐れずチャレンジするマインドが一番大事な気がします。

    他人からの評価なんてほっときましょうよ!

    Have a nice your journey!

  • モチベーター

    皆さんは他人に相談てしますか?

    諸説あると思いますが、人は相談と言いながら自分の欲しい回答は決まっており、その欲しい回答を言ってくれそうな人に相談する。って言いますよね。

    じっくり話を聞いて欲しい時は途中で話を折らず、最後まで自分の主張を聞いてくれる人を選び、自分の能力に苛まされている時は、自分よりもエネルギッシュで叱咤激励をしてくれそうな人に相談するのでしょうか?

    あながち間違いではないような気がします。

    つまりは自分自身が自問自答した際の解に自信が持てないとき、あなたの考えや主張は間違っていないよ。って背中を後押しして欲しい!って思った時に相談するのでしょうか。

    それでは、そこにコーチングの入り込む隙はあるのでしょうか?

    コーチとはコーチィを目的地まで送り届ける役目です。

    コーチィが背中を押して欲しいって思う瞬間に、背中を押せるのが優れたコーチなのではないでしょうか。

    それではどうやってその瞬間を見極めましょうか?

    一般的には日々、コーチィに寄り添うことで僅かな変化にも気付くようになり、その一瞬の変化を見逃さずアドバイスする。

    そのような回答になる気がします。あながち間違いではないとは思うんですが、コーチとて聖人君子ではないわけで、、、

    コーチの本質とはコーチィの内省に寄り添うことかと思います。

    まだ、何をやりたいか。すら決まっていないコーチィに対して、気付きを与え目標を定め、希望を持たせることができるのが優れたコーチではないでしょうか。

    具体的には、ぼんやりしていたコーチィの目に、魂が宿り将来に対する道筋と希望を見出した瞬間に立ち会えたらコーチ冥利に尽きるのではないでしょうか。

    そこに正解はないのです。

    コーチもコーチィもお互いに気付きを与え与えられながら成長し、将来に希望を見出せた瞬間に人は変わると思いますし、その手助けをできるのがコーチでありモチベーターな気がします。

    繰り返しますが、コーチの理想に近付けるのがコーチングではなく、コーチィの内省に寄り添い、コーチィの目指す方向を顕在化し、目的地まで誘うのがコーチです。

    コーチはコーチィの一番の理解者であり、支援者でありファンでありたいですね。つまりは一番のモチベーターでいたいですね。

    Have a nice your journey!

  • モチベーション

    ある長期休暇の昼下がり、このおやつを食べたら宿題をやろうかな!と心の中で決心したにもかかわらず、親から「宿題やりなさいよ!」と言われた瞬間に直前まで存在していたやる気がどこかに飛んで行ったことはありませんか?

    アニメ、ドラマ、小説何でも良いのですが、自分が読む前に(知る前に)結論言われたら腹立ちますよね?

    一方で、自分に自信が持てずネガティブな思考に陥っているとき、先輩や監督、コーチの一言で自分の進む道が明確になり、活力が湧いた経験はありませんか?

    又は、勉強、スポーツ、仕事、趣味なんでも構いませんが、何となく本気になれていなかった対象に対し、友人や家族、先生や著名人、誰でも構いませんが、誰かの一言でスイッチが入った経験はないでしょうか?

    自ら明確なビジョンや目標を持ち、目的地まで辿り着くために必要なスキルを身につけ、荒野を突き進める強さを兼ね備えた人材など、ほんの一握りでかと思います。大多数は様々な協力者からサポート、叱咤激励を受けながら成長し、目標に一歩一歩近づくのではないでしょうか。

    つまりは本人がやる気を持ち前進する力を宿すのも、自分が信じていた未来の扉を閉ざすのも、実は周囲からの影響が大きいと思いませんか?

    コーチがコーチィの可能性を信じることができず、自分の過去の経験からBetterな解を導き出し、挙げ句コーチィの解に導こうもんなら、コーチィはいつしか自分がどうなりたいか?ではなく、コーチの考える解は何なのか?と言う思考回路に陥ってしまいます。

    私利私欲ではなく、本気でコーチィのファン、味方であり、能力を信じるからこそ将来につながるコーチングができるのではないでしょうか。

    自分の評価ではなく、コーチィの成長を見守れるコーチで居続け隊ですね!

    Have a nice your journey!

  • コミュニケーション

    貴方の長所/短所を教えて下さい。

    私の長所はコミュニケーションです。

    私の短所はコミュニケーションです。

    様々なシチュエーションでこのようなやり取りがなされるのではないでしょうか。

    では、具体的にコミュニケーションとは?得意/不得意は何で判断しているのでしょうか?

    一般的にコミュニケーションが得意という人には活発で陽のイメージがあると思いませんか?

    一方でコミュニケーションが不得手、という方には陰のイメージがあるかも知れません。

    明るく饒舌で、自分の意見を周囲に対して発信できる人が本当にコミュニケーションが優れているのでしょうか?

    コミュニケーションとは一方的な発信ではなく、相互の理解、相手の考え立場を理解し、受け入れるという作業も含め成立するものだと思います?

    >人見知りしない

    >年齢の差を意識せず意思疎通が図れる

    >性別やバックグラウンドを気にしない

    >相手の主張を先入観なしで聞ける

    >他者との交流を好む

    価値観はそれぞれかと思いますが、コミュニケーションという言葉の意味は、言語その他の表現を用いて他者との意思疎通を図ることかと思います。

    決して一方的な意思の伝達ではありません。

    あくまでもイメージですが、陽の人間が自分より陽の人間と出会い交流すると、自分の中に秘めた陰の部分が顕在化すると思いませんか?

    すると急に批判的になったり他者の短所を急に指摘したりと、行動/言動も陰になってしまうことを見たことありませんか?

    それって他者の価値観を受け入れることが出来ないために、自らの価値観が正当性をアピールし他者へ賛同を求める行為になっているのかと。

    自信がないとか、愛されてないとか、育った環境が。とか人格的なところはここでは触れるつもりはありません。

    何が言いたいか、と言うと、発信が得意な人がコミュニケーションが得意です。って自己認識するケースが多数派な気がしますが、本当にそうですか?受信が得意な人ももっと自信を持ってコミュニケーションが得意です。って言って良いんじゃないですか?

    ってことです。

    言った言わないの不毛な議論が様々なシチュエーションで起こると思いますが、コミュニケーションの本質としては、自分の伝えたいことが結果として相手の行動に現れたらコミュニケーションが成立したとなるのではないでしょうか。

    つまり相手の行動が変わらない限り、コミュニケーションとしては言った、伝えたは一方的な主張であり、コミュニケーションは成立していないのです。

    陽と陰もそうですが、パワーバランスに差が出てしまう組み合わせの時、コーチとコーチィ、先生と生徒、上司と部下、親と子などなど、どうしても強者が弱者に対して誤ったコミュニケーションをすることが多いように思います。

    同調する必要はありませんが、相手の価値観を理解し、尊重し受け入れることがコミュニケーションの第一歩かと思います。

    一般的に発信が得意な人よりも受信が得意な人の方が、相手の価値観を受け入れ寄り添うことが得意な気がします。

    コーチングを実践する上で価値観の違いは重要なキーワードかと思います。正しく言葉の意味を理解し、アウトプットすることが大事になると思いませんか。

    共に学び共に成長し、一人でも多くの方に自信を届けたいですね。

    Have a nice your journey!

  • 巡り合わせ

    皆さんは偶然と必然。どちらが自分と相手を引き寄せていると思いますか?

    例えば学生時代、クラス替えがあったかと思います。自分の意中の人と同じクラスになる確率ってどのくらいあるのでしょうか?

    自分を高みに導いてくれる恩師に出会う確率はどれくらいでしょうか?

    苦楽を共にし、一生涯の友人としてかけがいのない存在に巡り会う確率は?

    社会人としての歩みを踏み出した中、信頼し尊敬できる先輩や上司に巡り会う割合は?

    出会いからお互いを意識し、それぞれが伴侶として認め歩む割合は?

    お互いが燃え上がり同じ未来を目指すも、道半ばで現実を知りそれぞれの道に戻る確率は?

    運命の人と巡り会う確率は?

    運命が交錯するもお互いを認知できずにすれ違ってしまう確率は?

    様々な出会いと別れを繰り返しながら、誰もが成長し未来への歩みを進めていると思います。

    時には辛い別れを経験するでしょう。しかしその出会い、別れも人生の中で無駄とはならず、思い返せは人生に彩を与えてくれる思い出になるかと思います。

    その出会いが偶然なのか必然なのかは分かりません。ですが、それぞれの出会い、別れには意味があるのではないでしょうか?

    新たな気付き価値観を与えてくれた存在、自分の弱さを認識させてくれた貴方、さらにはその弱さをも優しく包んでくれた貴方。自分のポテンシャルを引き出してくれた君、自らが認識すらしていなかった自らの真理を引き出してくれた貴重な存在。信頼し何でも本心をさらけ出すことができる大きな背中。世界中を敵に回しても唯一何があっても味方でいてくれる包容力を備えた柔らかな眼差し。

    世の中に無駄な出会いなどはなく、何かしらの意味や価値があるのではないでしょうか。しかしながら、世の中の摂理とは時に残酷で必然の出会いを疎ましく思ってしまったり、貴重な時間に気づかなかったり、全てが合致するわけでなくすれ違いや誤解を生む事も当然の如く存在します。

    生かされている今、かけがえのない存在と共にする空間、時間を謙虚に受け入れ、その必然に感謝したいですね。

    人生1度切りじゃないですか。チャレンジせず失敗しない人生よりも大胆さを失わず、失敗から何度も立ち上がる人生の方が楽しいと思いませんか?

    さぁ、あなたの可能性にチャレンジしようじゃありませんか!

    Have a nice your journey!

  • 軸ってなに?

    数少ない投稿の中ですが、自分軸、他人軸というワードには何回か触れた気がします。

    >良い子でいたい

    >周囲から称賛される親でいたい

    >先生に褒められたい

    >上司に認知される人材でいたい

    >後輩から尊敬されたい

    >周囲に認められたい

    これらは全て自分がどうしたいか?ではなく周囲からどう見られたいか?どのように評価されたいか?という自分ではコントロールできない結果を追い求める感情ではないでしょうか。

    一方で

    >自分は⚪︎⚪︎になりたい。

    >自分は⚪︎⚪︎したい

    >興味があることを極めたい

    >自分の長所を組織で発揮したい

    >部下や後輩に自らの技術を伝承したい

    といった感情や行動は、周囲からの評価ではなく、自らの内省によって導き出された感情かと思います。

    どちらが精神衛生上、自分自身に前向きな感情をもたらすか?というと後者かと思います。

    自らを鼓舞し、自らを前に推し進める力の源は内省であることは疑いの余地はないかと思います。

    しかしながら自らの内省に従って行動しようとも、活動を営む上で他人との接触は決して避けられるものではなく、価値観の違いを目の当たりにする機会は多々あるかと思います。

    動物は敵と対峙した際、戦うか逃げるか?のどちらかを瞬時に判断し行動に移しています。

    一方で人間には選択肢があり、状況に応じて何が最適か?を考える能力が備わっているかと思います。

    お互いが自分の価値観こそが正解だ。というコミュニケーションを取ろうとするから争いが起こるわけで。自分の価値観はこうだけれども、そのような価値観もあるよね。と相手の価値観を認める(決して自らが倣うわけではなく)ことで、お互いの価値観を共存させる事ができるのではないでしょうか?

    例えばですが、好意を抱く人の気を惹こうとした場合、自らの主張よりも、相手が何を考えているか?どうしたら相手が喜ぶか?を主に考えると思うんですよね。

    つまり、自らの内省に従って行動する事が推進力を生む一方で、相手に寄り添う事で、得られる世界もあるのです。

    決して一つの軸に執着する事なく、時と場合によって最適な軸を用いることで、無駄な争いを生むことなく環境に順応できるのではないでしょうか?

    軸とは自らのアイデンティティを示すものかと思いますが、白か黒か?勝つか負けるか?といった感情に固執するとお互いの精神衛生上良くはないですよね。

    多様性を重んじる世の中にしたいですよね。

    取り留めのない話題に付き合っていただき、本当にありがとうございます(汗

    Have a nice your journey!

  • 気が利くって何?

    仕事だけではなく、学校生活、クラブ活動、部活、アルバイト、ボランティア活動、バスや電車の車内、レストラン、居酒屋などの公共機関など、どこでもいいんですけど、気が利く人ってどこに誰といても気が利くと思いません?

    そもそも気が利くってどのような事でしょう?

    私が最初に意識したのは、学校の先生に気に入られたくて先生の考えを先読みして、必要とするものを予め準備したり、先生が欲しそうな意見を言ったりしてたように思います。

    部活をやれば先輩の顔色を伺って、タオル、水筒、着替えの準備をし、社会人になると飲み会では、先輩のグラスが空く直前に次の飲み物を聞きに周り、他部署の諸先輩方にもお酒ついで回り、今思えば気が利くアピールをしていたように思います。

    お前は気が利くな。って言われると有頂天になり益々、拍車が掛かっていたように思います。

    今でこそ私はコーチングを学び実践する中で、他人軸ではなく自分軸で物事を考える事が大事って説いている立場なのですが、私の10代、20代は完全に他人軸で思考回路が出来上がっていたように思います(笑

    じゃ〜今となっては、気が利くって概念はないですか?

    と問われると、決してそのような事はないんですよね。

    コーチング、自己肯定感って話をすれば、自分軸って物凄く大事ですよ。

    でも自分軸だけで生きていたらどうなると思いますか?

    そう、コミュニケーションで苦労すると思います。自分の主観、主義、主張ばかりを発信していたら、誰も近寄って来なくなってしまうような気がしますよね?

    実際そうだと思いますよ。かと言って他人軸ばかり気にしていたら自分の自己肯定感が薄れて、疲弊してしまうと思います。

    じゃどうしろって?

    世の中、白黒ばっかりじゃないと思うんですよね。私はグレイがあっていいと思いますし、むしろ世の中ってグレイばっかりじゃないですか?

    ずるいとかじゃなくて、私はバランスを取りながら、濃いグレーと薄いグレーの間で生きれたらいいかな?って本心で思います。

    コーチがコーチィに黒か白を求めるから、コーチィは柔軟性のある答えが出せなくなってしまうと思うですよね?

    正論、極論を主張されれば正にその通りなのですが、じゃそれが絶対ですか?って聞かれれば決してそんなことはないと思うんですよね。白か黒ばかりを問い詰めたら逃げ場がなくなってしまうと思うんですよね。

    組織人として他人との営み、コミュニケーションを取らなければならない中で、気が利く。って能力はプラスに作用すると思います。しかしながら、自分のアイデンティティを殺してまで優先することでもないと私は思います。

    気が利くとは物事を先読みして、他人の痒いところに手を差し伸べる。って事になるでしょうか。それって素晴らしいスキルだと思います。しかしながら固執してそれに溺れると本質を見誤る気もします。

    私はコーチとしてコーチィのバランス感覚を養う。って時間を大切にしたいな。って思います。

    さぁみんなでバランス感覚を磨こうではありませんか!

    本日も訪れてくれてありがとうございました。

    Have a nice your journey!

  • 自己認識

    仕事だけでなく、運動や勉強もそうですかね。ひょっとしたら恋愛や車の運転、趣味の世界も含め何でも通じる部分があるかも知れません。

    自分自身を客観的に評価し、何ができて何ができないのか?何が得意で何が苦手なのか?何に興味を持てて何に食指は動かないのか?

    自分の置かれた状況を正しく認識し、自分は何を求められているのか?与えられた環境の中で自分が備えているスキルのうち何を使ってアウトプットに繋げるのか?

    口で言うほど簡単ではないんですよね。冷静に自分を客観的に判断するのって。熱量が多ければ多いほど周りが見えなくなって主観が増えるだろうし、好きな事なら自信を持って臨めるかもしれませんが、苦手意識があると必要以上に事象から逃げてしまうようにも思います。

    例えばですが、勉強は自己認識が上手なので苦手科目の補習であったり自主学習を効率的に実践できて苦手を克服することがで可能なのに、好きなスポーツは自己認識が甘くなって自分の長所しか見えずステップアップに必要なポイントが見えなくなってしまい、結果、成長に時間がかかってしまう。

    このような事は多々あるかと思います。

    車の運転や恋愛もそうですが、自分が上手く出来ている。ってのは所詮主観であり、客観的な自己認識ではないんですよね。

    自分はできている。自分は理解している。自分は自分の求める水準にある。って思ったら人って成長しなくなるじゃないですか?

    コーチはコーチィに正しい自己認識ができるように手助けする役割も担う必要がありそうです。

    コーチィのプライドを傷つけないように気をつけながら、コーチィの内省に語りかける質問が必要になって来そうですね。若しくは本人がGapに気付くような目標設定をしたりするのも効果的かも知れません。

    このままでは部署の目標が達成できません。問題はどこにあると思いますか?何が原因で結果が出ていないのでしょう?その問題を解決できる可能性があるのは誰だと思いますか?具体的に何をすれば問題の解決につながると思いますか?

    などなど、自身の解をコーチィに示すのではなく、コーチィの内省に働きかけることでコーチィは当事者意識を持つのではないでしょうか?

    目標を達成するには、いつまでに⚪︎⚪︎が必要である。しかしながら現状はここにいる。そのGapを埋めなければ⚪︎⚪︎が未達になってしまう。よって△△さんにはいつまでに⚪︎⚪︎を習得する必要がある。

    といった感じてコーチとコーチィが問題を共通認識として持ち、且つコーチィのActiionを具体的にすることでコーチィのやるべきことが明確になるのではないでしょうか?同時にコーチィは現状を客観的に自己認識することにも繋がるかと思います。

    優れたコーチというのは客観性を持ち、コーチィに対して押し付けることなくコーチィの内省に働きかけ、同じ目線で一緒に歩んでいくという意思を示せる能力が求められそうですね。

    いっしょにがんばりましょう。

    Have a nice your journey!

  • マインドセット

    新入社員が全体の研修を経て現場へ配属される時期ですね。

    新入社員が現場に配属されて、一人前になるまでに必要な期間てどれくらいですか?

    その期間は今と昔どっちが早かったと思いますか?

    今も昔も、そりゃ本人の能力と言いますか、センスに依るところは大きいと思いますよ。物覚えの早い人材は何やってもどこ行っても直ぐに即戦力になると思うんですよね。物覚えのめっちゃ早い奴と、歴代語り継がれるような物覚えの悪い人材は統計学で言うところの外れ値だと思っていただいて。

    大多数の人材は先輩や上司に迷惑をかけながら時間をかけて一人前になっていくと思うんですよね。その過程、期間が今と昔、どちらが長いんですかね?

    立場上、新入社員や若手のコーチになる人間と話をする機会が多いですが、この時期は様々なコーチとのセッションの中で新人教育の話になる事が多いです。昔はハラスメントという概念もなく、完全なトップダウンで指示、課題を出し、時間に制限もなかったので、新入社員は死に物狂いで仕事を覚えて、それらをクリアできない人材は淘汰されていくという厳しい環境でしたね。って話が多いです。主観も働いていると思いますが、昔の方が成長曲線が速かった。ってイメージを持っている人が多いように思います。

    皆さんも同調できますか?

    昔(イメージは20〜30年前でしょうか)に比べて、今の方が圧倒的に情報量は多いと思うんですよね。なのに今の方が物覚えが悪いって、本当にスパルタで教育を受けていない事が原因だと思いますか?

    時代が進むと求められる事も増える気がします。常識がアップデートされるのは健全ですし、前と同じ事をやっていても厳しい評価になってしまうかも知れません。それらのバイアスを取り除いたとしても、今の方が人材育成に時間が掛かるのでしょうか?

    私は決してそうは思いません。

    時代が変わっているのに、旧態依然の方法で指導するから結果が伴わないのだと思います。現代人(コーチィ)に寄り添う事なく、古い価値観を持った指導方法が現在に追いついていないのではないでしょうか?

    勘違いして欲しくないのですが、寄り添う。ってのは決して甘やかして機嫌を取りながら指導する事ではないんです。ちゃんと本人の性格や能力を把握した上で、時間と場所を選んでコンフォートゾーンから引っ張り出して、本人が持っている能力を解放するのがコーチングです。

    その為には、傾聴、信頼、動機づけ、支援といったコーチングのスキルが必要になりますし、何より教える側(コーチ)のマインドセットを再構築することが大事になりそうですね。

    本人の持つポテンシャルを信じて、一緒に成長しようではありませんか。

    新人と新人コーチの成長と充実した人生を切に願います。

    Have a nice your journey!

  • マイクロマネジメント

    コーチとコーチィ、親と子、上司と部下、先輩と後輩、師匠と弟子、兄と弟、姉と妹、監督と選手、先生と生徒、世の中には様々な師弟関係がありますよね。

    自分が親だから、自分の方が経験あるから、自分が知識、技能を提供する立場だから。

    皆さん、自分の先輩、上司、師となる立場の人に完璧を求めますか?決して全ての問いに関して完璧な答えを求めている訳ではないと思うんですよね。ちょっとくらい完璧じゃないところがあった方が親近感わくと思いませんか?

    しかしながら師と呼ばれる立場の方々は、何を見ているのか?誰と戦っているのか?なぜに完璧を求めるのでしょうか?

    語弊を恐れずに言うならば、師という立場の方々は、自分や相手(コーチィ、弟子など)ではなく、自分を評価する立場の人々(かつての上司、先輩、自分の師匠、同僚など)の亡霊と戦っているのではないでしょうか?

    自分は優れた師である事を周囲に示したい、かつての師に成長した姿を見せたい。先輩として後輩に舐められたくない。同僚から一目置かれたい。姑から一切文句を言われたくない。それぞれの事情、考えがあって構いませんが、それって本質を捉えているのでしょうか?

    コーチとはコーチィの目指す目的地に送り届ける支援をする存在です。

    ですが、世の中のコーチと呼ばれる方々は、自分の能力を誇示するために見えない敵と戦い、そのプレッシャーをコーチィに与えているように見えてしまいます。

    コーチィの成長よりも、目の前の結果を重視するため、コーチィを支援するどころか自分の敷いたレールにコーチィを乗せて、自分の欲しい結果にコーチィを導いているのです。

    つまりその過程がマイクロマネジメントとなってしまっているのです。

    コーチィがレールから外れようとするものならば、コーチィの人格を否定し恩着せがましく、お前は恩を仇で返すのか?という極論に至ってしまうのではないでしょうか?

    私はこう思います。

    コーチも未熟でいいんです。コーチィと共に歩む過程でコーチィと共にコーチも成長し、同じ目線、同じ立場から新たな学びを得る事が健全で建設的で、お互いを信頼し尊重しながら新たなステージに登れるのではないでしょうか?

    自分が成長するからその姿を見て安心してコーチィも1歩1歩成長できるのです。その1歩を自分の力で踏み出す過程を大らかな眼差しで見守ろうじゃありませんか!

    物事を自分軸で捉える訓練を重ねれば、他人からの評価よりも大事なものに気づくと思うんですよね。

    このページに訪れて下さる皆様本当にありがとうございます。本質を捉えたコーチングを広めていきましょう。

    Have a nice your journey!