タグ: 価値観

  • 文化

    文化とはどのように形成されるのでしょうか?

    例えばスタートアップなどで、創業間もなく社員数も少なければ創業者の想いが色濃く反映された文化になるのでしょうか?

    老舗と呼ばれる伝統を脈々と受け継ぐような家業は、創業者の想いも残っているでしょうし、守るところと時代に合わせて変化させる部分とを融合し新たな文化を形成しているのでしょうか。

    一方で大企業と呼ばれる会社はどうなんでしょう?創業者の想いや哲学を教育するシステムを持っているかと思いますが、脈々と受け継いでいる部分もあれば、末端の従業員まで熱意が届かずに苦労しているところもありそうですね。本来の目的を見失って出世争いや派閥争いに明け暮れてなければいいですが。

    皆さんの家庭には家訓はありますか?家訓は無くともやはりそれぞれの家庭が大事にしていることってありますよね。やはり家族毎の文化はあるような気がします。友人や恋人としての付き合いならば何の問題もないでしょうが、結婚となるとお互いの家庭/家族の価値観、文化の違いって無視できないものになってしまうかと思います。

    この時期(夏休み)になるとネットニュースで夫もしくは妻の実家に帰省するのが憂鬱である。と言う記事を毎年見る気がします。家庭だけでなく地域の文化やしきたり、価値観の違いが大きくとてもではないが受け入れられない。といった内容が多いでしょうか。

    もう10年以上前の話になりますが、当時の専務(外国人)が言っていた言葉がとても印象的で、もし会社の哲学が合わないのであれば、無理してここに留まるのは不幸になる。自分の哲学にあう組織を見つけるべきだ。という旨の話をされました。当時、自分の考えと会社の哲学が高レベルでシンクロしていたと感じていたので、経営層がそのような発言をすることに驚いたのを覚えています。

    本心を隠し通して組織に合わせようとしても、いつか気持ちが破綻するような気がします。それは会社であれプライベートなコミュニティであれ、家族であってもです。語弊を恐れずに言うならば、一般的に子は親の言う事を聞くべきだと考える親が多く、無言の同調圧力を幼少期から受けている子は、疑問や不安、違和感を伝えることが出来ずに自分らしさを見失ってしまう子も多いのではないでしょうか。

    組織から離れることを、離別、退職、家出、勘当、離婚などどうしてもネガティブな印象を与えてしまう語彙が付けられています。

    未来永劫お互いが現状維持のまま過ごす。なんてことはあり得ないですよね。もっと旅立ちを社会全体が温かい目で見守れる文化にならないですかね。

    旅立ち、卒業、門出といった将来性のある単語に変わったらいいのに。って思います。

    70年もの間、憲法をアップデートできない国民ですから、文化を変えるのはかなり大変だと思いますが、、、

    自分に合う組織に移ることがもっと簡単に当たり前になれば、自己肯定感を持ちながら多様性が生まれると思うんですけどね。

    諦めたらそこで試合終了なので、微力ながら発信を続けますね。

    Have a nice your journey!

  • 上司とは

    どうですか皆さんは、これまで幾多の尊敬する上司と巡り会うことができましたか?

    それとも、思い出したくない上司が多かったでしょうか?

    最近、「親ガチャ」なる言葉が生まれましたが、親だけでなく、これまで影響を受けた先輩や上司なども究極はガチャでしょうか?

    人間、楽しい思い出や成功体験よりも、苦しかったこと、失敗した事の方が記憶に残るらしいです。(何かで読みました笑)

    一般論なのか脳科学的なのかは忘れましたが、良い上司よりも悪い上司の方が記憶に残るらしいです(笑

    さて、冗談はこれくらいにして、

    もし、意にそぐわない、価値観の合わない、生理的に受け付けない人材が上司となった場合あなたはどのように接しますか?

    >その上司が次の異動になるまで猫を被る

    >自分の能力を認めてもらうためにアピールを続ける

    >最低限のコミュニケーションのみでお互いのテリトリーに入らないようにする。

    >隙あらばマウントを取りにいく

    私が思うに一番やってはいけないのは、陰であること無いこと悪口ばっかりを述べて、周囲の人間を巻き込んで上司に対する否定的な価値観を洗脳すること。

    ゴシップとか同調圧力をネガティブに捉えた状態です。

    究極が何か?

    と言われれば、部下やコーチィと呼ばれる関係性で言えば弱者である方の人間が、相手を不快にさせることなく強者を引き込むこと。極論と言う話をするならば、弱者が強者の価値観をアップデートするくらいの変化があっても良いかも知れません。

    現実的な話をするならば、相手の価値観を変える程の影響力など、なかなか発揮するのは難しいかも知れません。なぜならば相手に新しい価値観を受け入れる準備が出来ていないからです。

    それならば、八方塞がりで何もせず事が過ぎるのを待つのが正しいのか?

    私はそうは思わないんですよね。

    今まで話した内容は全て、誰かに認められたい。と言う想いが強く。残念ながら自分がどうしたいか?と言う主観が抜け落ちている気がするんですよね。

    理想論のように聞こえるかも知れませんが、上司に認められたい。と言う気持ちがあるから、思い通りの結果が得られない時に、失望を覚えるのです。

    いつ、どのようなタイミングで、どんな上司が配属されようとも、自分の目標、やらなければならない事が明確になっていれば、やることに迷いは無いと思うんですよね。

    そんな強い人間ばかりではないと認識していますし、偏った意見を述べている。と言う自覚はあります。

    ですが、あなたは上司の為に一生懸命働いているわけじゃないですよね?

    周囲の目や周囲からのプレッシャーではなく、自分の心の声にもっと寄り添って、何をしたいのか?何をすべきなのか?もっと自分の価値観を信じれるマインドを育てたいですね。

    Have a nice your journey!

  • いきなりですが、ちょっと性の話をしてみましょうか。

    日本は諸外国と比較して、性に対する教育であったり認知であったりが遅れている。とは良く言われる形容ですよね。

    どうですか?皆さんは?

    例えば親御さんから性に対して話されたことありますか?もしくはあなたが親の立場だとするならば、お子さんと姓について話したことありますか?

    なぜ日本では性の話がタブーになったのでしょうかね?

    そう言えばつい最近、スイスのシンクタンクである世界経済フォーラムが、世界の男女平等度を発表しましたね。日本は148ヶ国中118位でしたね。

    遊女、遊郭という言葉であったり文化は非常に歴史が古く、江戸時代とかいうレベルではなく、奈良、平安時代まで遡るようです。

    諸説あるとは思いますが、一方で女性向けの風俗が認知され一般的なサービスとして定着したのは、つい最近ではないでしょうか?

    男性は1,000年以上もの間、快楽を求め続けて来たにも関わらず、女性が快楽を求めることの市民権を得たのはここ数年のことなのです。

    それだけ歴史観であったり実情が隔てられている中、男女が同じ目線で性について語り合うのは難しいのかも知れませんね。

    少々、極論的なところに話を振ってしまいましたが、性に対して開放的な人と未だに性について、もしくは快楽を求めることについて誤認識とは言いませんが、後ろめたさを感じている人とが価値観を共有することは難しそうですね。

    パートナー同士が一つ屋根の下で暮らす中、性の営みだけではなく、普段の何気ないスキンシップであったり、同じ箸や茶碗、コップやストローの使い方など、距離感ってすごく大事な気がします。

    例えばですが、性的な営みについて一方に不満がある場合、求められた場合は不同意に近い形でイヤイヤ付き合うのが現状でしょうか?

    肌と肌が触れ合うようなスキンシップを自分は多くしたいと思う一方で、相手は求めに応じない。

    公の場で、手を繋ぐのはOKだが、駅や空港など第三者がいる空間でハグやキスはしてはならない。という価値観を持った人間といつでもどこでも自らの主観で愛情表現をしたい人。

    どうですか?上手く行くと思いますか?

    例えばですが、パートナーであったり夫婦であってもコップや箸など、直接体液に触れるものは共有したくない。という考えの人と、細かい事は気にせず、パートナーだから全てを共有すべきだ。

    というお互いの考え方が真逆な人同士が一緒になって上手く行くとは思いませんよね(汗

    距離感が一緒ならば少しくらいの違いを笑って過ごせる内容でも、価値観が全く異なってしまうと、少しの違いが嫌悪感を抱いたり決定的な軋轢を生む原因になってしまうようにも思います。

    似たもの同士。とは良く言ったもので、慎重派でも、保守派でも、革新派でもお互いの価値観が近い方がお互いストレスは少なそうですね。

    少子化も進んでますし、もう少し性に対して寛大な世の中でもいいと思うのは私だけでしょうか(笑

    Have a nice your journey!

  • 価値観

    他人と営みを交わす限りお互いの価値観の差を感じる事はありませんか?

    濃い味と薄い味、結果とプロセス、貯蓄と浪費、需要と供給、ご恩と奉公、強さとしなやかさ、ご飯と麺、そばとうどん、醤油とソース。まあ何でも良いのですが、自分が好きなものが相手も好きとは限らないわけで、、、お互いを思いやることができる間は、些細な差は問題にならないでしょうが、お互いの悪いところが目に付くようになると違いが明確になるような気もしないでもありません。

    【恋は盲目】とは良く言ったもので、熱く燃え上がっている最中、冷静な判断をせよ。と言うのは無理なもので、周囲が何を言っても俯瞰できるようなものでは無いですよね。

    例えばですが、恋人同士一緒になることも望んでいるし、将来、子供を授かることも望んでいる。

    ただ、女性の方は今の仕事に情熱を持っており、キャリアを積みたい。と願っている。男性の方が年上で、彼は結婚したら直ぐにでも子供が欲しいと思っている。

    実際に子供を授かるか否か、タイミングなどは神のみぞ知る。といったところですが、どちらかが自分の本心に蓋をして一緒になった場合。末長く幸せな家庭を築けると思いますか?

    今の決断に後悔しませんか?

    今回はちょっと極端な例を出しましたが、現在の環境、自分の将来設計、年齢や相手へのリスペクト。結婚に踏み切るきっかけは人それぞれでしょうが、自分の価値観に嘘をついてその場しのぎの決断をしたとして、将来、きっと後悔する時が来るような気がしてならないんですよね。

    相手が望むから。相手の為を思って。一見思いやりのある言葉ですが、裏を返すと自分の価値観に蓋をして相手の価値観に合わせることを正当化し、自分を納得させるための呪文に聞こえます。

    その呪文は未来永劫、有効なのでしょうか。

    私はいつかその呪文の効果が薄れ、自分の出した回答が本当に正しかったのか?自分の真意に向き合う時がいつしか訪れるような気がします。

    利己的に自分の価値観を他人に押し付けるのは論外ですが、良かれと思って相手に合わせた価値観が、将来重荷になる可能性があるわけで、、、

    燃え上がっている二人には届かないアドバイスかも知れませんが、自分の価値観の尊さを再認識し、自分に正直になることの重要性を伝えられるコーチになりたいですね。

    あなたは大切な人と同じ未来を同じ時間軸、同じ価値観で想像できていますか?

    Have a nice your journey!