コーチとコーチィ、親と子、上司と部下、先輩と後輩、師匠と弟子、兄と弟、姉と妹、監督と選手、先生と生徒、世の中には様々な師弟関係がありますよね。
自分が親だから、自分の方が経験あるから、自分が知識、技能を提供する立場だから。
皆さん、自分の先輩、上司、師となる立場の人に完璧を求めますか?決して全ての問いに関して完璧な答えを求めている訳ではないと思うんですよね。ちょっとくらい完璧じゃないところがあった方が親近感わくと思いませんか?
しかしながら師と呼ばれる立場の方々は、何を見ているのか?誰と戦っているのか?なぜに完璧を求めるのでしょうか?
語弊を恐れずに言うならば、師という立場の方々は、自分や相手(コーチィ、弟子など)ではなく、自分を評価する立場の人々(かつての上司、先輩、自分の師匠、同僚など)の亡霊と戦っているのではないでしょうか?
自分は優れた師である事を周囲に示したい、かつての師に成長した姿を見せたい。先輩として後輩に舐められたくない。同僚から一目置かれたい。姑から一切文句を言われたくない。それぞれの事情、考えがあって構いませんが、それって本質を捉えているのでしょうか?
コーチとはコーチィの目指す目的地に送り届ける支援をする存在です。
ですが、世の中のコーチと呼ばれる方々は、自分の能力を誇示するために見えない敵と戦い、そのプレッシャーをコーチィに与えているように見えてしまいます。
コーチィの成長よりも、目の前の結果を重視するため、コーチィを支援するどころか自分の敷いたレールにコーチィを乗せて、自分の欲しい結果にコーチィを導いているのです。
つまりその過程がマイクロマネジメントとなってしまっているのです。
コーチィがレールから外れようとするものならば、コーチィの人格を否定し恩着せがましく、お前は恩を仇で返すのか?という極論に至ってしまうのではないでしょうか?
私はこう思います。
コーチも未熟でいいんです。コーチィと共に歩む過程でコーチィと共にコーチも成長し、同じ目線、同じ立場から新たな学びを得る事が健全で建設的で、お互いを信頼し尊重しながら新たなステージに登れるのではないでしょうか?
自分が成長するからその姿を見て安心してコーチィも1歩1歩成長できるのです。その1歩を自分の力で踏み出す過程を大らかな眼差しで見守ろうじゃありませんか!
物事を自分軸で捉える訓練を重ねれば、他人からの評価よりも大事なものに気づくと思うんですよね。
このページに訪れて下さる皆様本当にありがとうございます。本質を捉えたコーチングを広めていきましょう。
Have a nice your journey!
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