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  • 1on1

    1人のコーチが本気になったとして、何人のコーチィに親身になってコーチングできると思いますか?

    1人の管理職が効果的に指導育成できるのは5〜8人と言われます。(諸説あるでしょうが)

    スパン・オブ・コントロールとか難しい横文字はひとまず置いといて、両親➕子供2人の政府が掲げる一般的な家庭を例にしますが、ちゃんとコーチング出来ていますか?

    自分の子供を自信を持ってコーチング出来ている。って宣言できる人はどの程度いるのでしょうか?実の子供であっても効果的にコーチング出来ている人って少ないと思いますよ。

    たった2人、大人と子供の割合が1:1だとしてまともにコーチング出来ている人って稀ですよね?むしろお目にかかった事がないように思います。

    それがましてや人様の子供を、会社という画一的な組織の関係性であっても5〜8人を本当に親身になってコーチング出来ますか?

    しかしながら、現実世界では1人の中間管理職に対して10人以上どころか30人も40人もの部下を抱えている組織はざらにあるわけで、、、。

    それだけ多数の部下を抱えると、どんなにハイパフォーマーな人でも、個々に合わせたコーチングなど不可能なわけで、結果、画一的な指導方法を持ち寄り、たまたまその指導法に合った人材だけが引き上げられたりしているのではないでしょうか。

    制度として1on1を実施したとしても、コーチ側もコーチィ側の双方とも意図を理解せず、ただ制度としてやらされているだけでは、パフォーマンスは上がりませんよね(汗

    お前はどうしてるのか?ってですか(笑

    愚直に全員と1on1やってますよ(笑

    40数名の部下と(笑

    やっぱり人間、1対1で対峙した方が本音を語れる環境を作り出すことができると思いますし、無駄に着飾ることなく素で語ってくれる気がします。

    お互いが本音で話すから、やるべきアクションが明確になり、自分の歩む道が見えてくるのではないでしょうか。1on1の後、瞳に魂が宿った部下の顔を見るのはコーチ冥利に尽きますね。

    画一的なコーチングはしていないつもりです。本気で対峙するからこそコーチィの本音が見え、その時その時でBestな選択は何か?を必死で考えています。

    本気ってどういう事か?

    相手に寄り添い、相手が自らの意思で言葉を発することを待つことでしょうか。決して自らの価値観を植え付けることではない。とは言わせて頂きます。

    コーチィの成長を本気で願うならば、きっと寄り添えるのではないでしょうか。

    Have a nice your journey!

  • 努力と結果

    皆さんは努力は必ず報われると思いますか?

    努力すればするほど夢に近づくと思いますか?

    偉人達は結果が出るまで諦めず努力するから努力が報われる。という説を唱えるような気がします。

    そう言われましても。実際のところ望む結果が出ないことが世の常な気もしますし、見えない将来に向けて努力を続けるってタフなメンタル必要になりますよね。

    本当に努力は報われると思いますか?

    世の中、全ての努力が報われるなら皆が成功者になるかと思います。しかしながら決してそんな事はなく、殆どが誰かの後塵を拝する訳で、勝ち負けだけで表すならば大多数が敗者となるのではないでしょうか。

    成功者から見れば、敗者である大多数の人間は努力が足りなかったり、努力のやり方が間違っているように映るかも知れません。しかしながら何度も言いますが、完璧な人間などおらず皆、葛藤やレジンマを抱えながら生きているのです。

    努力しても誰かに負けて、更に努力してもまた次の誰かに負けるのです。何かに打ち込む限り誰かに打ちのめされるのです。

    なかなか習得できない技術、伸びない記録、上がらない効率などなど、理想と現実の埋め難いGapに苛まれながら、人は成長するのではないでしょうか。

    努力することに意義がある。なんて綺麗事とは思っていません。

    状況を正しく認識し、自分の現在地を正しく把握したうえで、明確な意図を持って努力すべきだとは思います。

    しかしながら人間って、ロジックだけでは説明できない行動をする生き物だとも思います。

    コンフォートゾーンから抜け出し、正しい努力をすることが理想かも知れませんが、不器用ながらもがむしゃらに努力し自分の限界にチャレンジすること。壁にぶち当たってもまた起き上がって違う方法でその壁に挑む強さ。

    結果が伴わなくても努力している人間を蔑まない世界が一つの理想ではないでしょうか。

    周囲の目など気にせず、自分の信じた未来に向けて努力する人材を育てたいですね。本当の意味で多様性があり他人に対して寛大な世界が構築される未来を信じて。

    Have a nice your journey!

  • メタ認知

    皆さんの周りには、自信に満ち溢れている人と謙虚な人どちらが多くいらっしゃいますか?

    皆さん自身はどちら側ですか?

    自信に満ち溢れている人って格好いいですよね。決して虚勢を張るのではなく、落ち着いた佇まいと上品な仕草が似合う大人になりたいですね。

    一方で謙虚な方は周囲の空気を読み、決して自分が出しゃばる事なく他者を尊重するイメージでしょうか。

    皆さんはどちらになりたいですか?

    それぞれが個性であったりはすると思うのですが、自分自身を正しく認知するのって難しいですよね。

    努力は認めてもらいたいですし、自分の考えを押し殺してまで周囲に馴染む必要はないと思いますし、、、

    コーチングするうえでメタ認知って密接な関わりがあると思うんですよね。メタ認知の高い人間にコーチングすると共感が得られ易く同じ目線で物事を捉えることができるのですが、メタ認知が低い、苦手な人へのコーチングが困難を極めます。

    成長のヒントになるようなキーワードを用いても、コーチィが「それは出来ている。その能力は既に備わっている。」と自分を過大評価することが多く、認識にずれが生じてしまいます。

    するとどうなるかと言うと、視座を変えて物事を俯瞰して見れるような実例や例題を出して目線を合わせる作業が必要になってきます。コーチングなのでその作業自体は何も問題はないのですが、コーチィはコーチングセッションだけでなく、普段の生活、仕事中の振る舞いなど、全てにおいて自己認識が低く他者のアドバイスを素直に聞き入れる事が苦手です。

    人の話を聞かない。とかではなくアドバイスの内容が自分には備わっているものなので、必要ない。という判断になってしまうのだと思います。

    さてどうしましょう?

    様々な対応が考えられますが、

    >視座を上げる訓練をする。

    >物事の流れを箇条書きで実際に書き出してもらう。

    >コンフォートゾーンから抜けさせる

    >難しい課題を与える?

    >出来ていない事をストレートに伝える。

    などでしょうか?

    総じて、自己認識やメタ認知が苦手な人は、そもそも人からのコーチングなんて必要ない。と思っている方も多くいらっしゃると思います。

    どうやって相手に信頼してもらって、興味を持ってもらって、一緒に成長しよう。ってメッセージを伝えることが大事になる気がします。

    コーチ自身がコーチィの自己認識が低い。と思った時点でコーチにもバイアスが掛かってしまう気がします。

    虚勢ではなく本当の自信が備わるお手伝いをしたいですね。

    Have a nice your journey!

  • 五月病

    人間誰しも新しい環境に晒されたらストレスがあって当たり前です。これまでの常識が通じなかったり、信頼して相談できる相手がいなかったり。自分としては頑張っているのに、結果が伴わない。

    小学校から中学校、中学校から高校、高校から社会人であったり大学生になる時など一気に環境が変わる時は不安になりますよね。

    環境が変わるとストレスを感じて当たり前なんですよね。

    皆さんの周りに居られる、進級生、新入生、新社会人はどうですか?新しい環境に順応できてますか?

    これまでゴールデンウィークなんて何とも思っていなかったですが、絶妙なタイミングで与えられた休暇ですね。

    最初は新しい環境に馴染もうと、気を張り詰めて頑張っていると思います。しかしながら何をやってもうまくいく。なんて事はなく、むしろ出来ない自分に対して、劣等感を抱いたり自己肯定感が薄れてしまったりする時期かも知れません。

    世の中完璧な人間なんていないんですから、焦らず自分のペースで新しい環境に馴染んで欲しいですね。

    頑張った自分を褒めて癒すために、5月の長期休暇を有効活用して欲しいですね。

    コーチィのみなさんの周囲には、頑張ってるあなたを褒めてくれる人は居ますかね?

    新しい環境の中で褒めてくれる人が居ないなら、実家や昔からの友人に会って是非、自分の頑張りを共有し共感を得て欲しいですね。

    ありのままのコーチィを認めて挙げられるコーチが一つの理想ではないでしょうか。

    Have a your journey!

  • 経験

    確かに経験はアドバンテージになるでしょうが、決して万能ではないのです。

    コーチング日記というタイトルでこのブログを始めましたが、なかなか日記らしいことは書けず、これまではコーチングの概念であったり大局的な話に終始していました。

    今日は、初めて日記らしい記事にチャレンジしたいと思います。

    若手が問題解決のお題を上司から与えられるセッションがあったのですが、中堅のリーダーが「それ前やったけどダメだった、結構投資してもらったけどものにならなかった。」って否定したんですよね。

    コーチの役割はコーチィの可能性を信じて支援する事です。

    鼻から諦めて可能性を否定するような声掛けは最低な訳で、否定された瞬間にコーチィは自信をなくし、自分の可能性を閉じてしまいます。

    例え、自分に経験があったとしても、決して否定する事なくコーチィの可能性を信じて欲しいです。

    私としては上司から新たなアサインを受けている最中、先輩に否定的な声かけをされたらどう思うか?

    あくまでもコーチィに対する声かけに対して、横にいる先輩から可能性を否定するような横槍が入ったらどう思うか?

    コーチ自身も若手時代に感じたことがあるであろう、経験というどうしても埋めることができない圧倒的な有意差を持って否定される事の重大さをコーチングしました。

    決してみんなが驚くような結果を望んでいるのではなく、コツコツと自分ができる範囲でトライ&エラーを繰り返して、自らの成長に繋げて欲しい。という意図が裏にはあるはずなんですよね。それを鼻から経験という名の暴力で閉ざすのは組織にとっても、コーチィにとっても良い事はなく。

    昔自分がチャレンジして乗り越えられなかった壁を、若手、後輩がチャレンジしよう。ってなった時、壁の上から「だから言っただろ」って突き落とす役目ではなく、自分がチャレンジした経緯や方策を共有し、新たな視点や現在の技術を駆使して一緒に乗り越える支援者(コーチ)であって欲しいですね。

    Have a nice your journey !

  • 家族

    いつかは語らなければならないテーマな気もしますが、正直私は苦手です。

    生活を営む最小単位、価値観を共有するチーム、誰かが困ったら助ける仲間、水も甘いも知り尽くした間柄、苦楽を共にする運命共同体。

    語弊を恐れずに言うならば、本気でそう思いますか?

    家族、両親でも気の合わない人はいるでしょうし、その同調圧力全開の価値観に心から賛同していますか?

    両親がいなければ私自身、性を授かっていないわけで、そこに異論はありませんし感謝しています。

    しかしながら、親がいるせいで、借金取りに追われる人、虐待されて自尊感情を失う人、価値観を強要されて自らのアイデンティティに蓋をする人、親に認められたいがために自分の夢を諦める人、などなど苦労している方は沢山いらっしゃるように思います。

    家族が心の拠り所となっている方も居れば、近過ぎる存在故に苦しんでいる方もいるのが事実ではないでしょうか?

    あなたもあなたの家族も心から家族が一番である。と唱えるのであれば異論はありません。しかしながら、他者への強要は良くないと考えます。現に家族が重荷になっている人もいるのですから。

    家族だから。家族のために。家族なんだから。

    素敵だと思いますよその価値観は、でも決して万能ではないんです。

    いつか本当の多様性が市民権を得られる日が来ますように。

    Have a nice your journey!

  • 聖人君子

    いくらコーチとて聖人君子ではないわけで。

    コーチィ自身が前向きな気持ちを持ち、でどうにか現状を打破したい想いとか、コーチのアドバイスを素直に聞き入れる土壌とか、人の悪口ではなく自らが当事者意識を持つ感覚であったり、総じてポジティブな人に対してコーチングは有効だと思うんですよね。

    しかしながら、何を言っても私は無理、出来っこない、能力がない、向いてない。と全てがネガティブで、出来ることを探しましょう。という提案にすら向き合ってもらえない場合、コーチの皆さんはどうしていますか?

    理詰めでいっても余計に殻は閉じるでしょうし、相手の意思ばかりを尊重していては、コンフォートゾーンから抜け出す事はなく、成長が見込めません。

    セオリーで考えれば、コーチとコーチィの目指す目的を一致させる事が、まずは必要な訳で。

    意図や背景を理解してもらって、何とか前向きに取り組んでもらおうと意識付けしても、受け入れられず。

    困りましたね。どうしましょうか?

    向上心を持てないコーチィに向上心を持たせることがコーチの役目なのでしょうか?

    向上心を持てない人材にコーチングの時間を設けてなかなか結果が出ず、組織としては本来、コーチングを実施して欲しい人材へのコーチングができず、組織全体のパフォーマンスが下がる。これは本末転倒ではないでしょうか?

    あなたがコーチなら見切りますか?

    でも、あなたが見切ってしまったら、そのコーチィは今後の人生をネガティブに捉えたままで、自らの可能性を閉ざしたまま過ごすことにならないでしょうか?

    コーチとしての腕が問われそうですね(汗

    相手に何かしらのアクションや目的を与えて合意しようとしてもうまく行かなそうですね(汗

    私ならどうするか?

    先ずは組織の一員として存在を認めましょうか。

    周囲からポジティブな雰囲気を感じたら本人も感化されますかね。

    実はこちらの案件は現在進行中でして、結果が出ていません。

    私事ですが、現在最難関のコーチィと対峙しており、進展があればまた報告させていただきますね。

    繰り返しますが、コーチとて聖人君子ではありませんし、万能でもないでしょう。しかしながら問題に対して真摯に向き合い、コーチィと共に成長したいですね。

    Have a nice your journey!

  • 他人は変えられない

    師弟関係のはっきりした、先生と生徒、監督と選手、親と子といった関係性をもった間柄で、師と呼ばれる立場の人々は弟が思い通りに成長した。又は成功した。と感じるのはどの程度の確率でしょうか?

    その成長曲線は思い通りのカーブを描いたでしょうか?

    かけた労力と結果は納得の行くものでしょうか?

    なかなか思い通りになんて事は運ばないですよね。思い通りに相手の成長が見られない時、あなたならどうしますか?

    何度も自分の意思を伝える?

    コーチィのできない所を細かく伝える?

    教え方を変える?

    プレッシャーを与えて恐怖政治に切り替える?

    理詰めで相手を追い詰める?

    たまに居ますよね。1を伝えたら10できる子って。それってコーチの能力ではなく、コーチに出会う前の段階で考える能力を伸ばしてくれたコーチに出会っていたのでしょうね。

    ほとんどのコーチィは1伝えたらできるようになるのはせいぜい0.5くらいでしょうか。

    それなのに世の中のコーチはコーチィに10を求めるのです。そりゃーGapが広がる一方で、お互いの間に信頼関係なんて生まれるわけありませんよね。

    本当に10必要ですか?努力したら10に届く子もいるかも知れませんが、どんなに努力しても5が限界の子だっていると思うんですよね。

    画一的な指導方法で、全員のゴールを同じところに設定する時点で無理があるような気がしませんか?私には無駄な同調圧力を生むカリキュラムにしか見えないのです。

    個性が無視された中で白か黒、YesかNo、出来るか出来ないか。常に0か100の選択を迫られているのです。個人的にはグレーがもっとあっても良い気がするんですよね。

    組織の中にあってコーチの要求に応えられる可能性を持ったごく一握りが市民権を得ており、それ以外の大多数は劣等感に苛まれるのです。

    コーチとコーチィの目指す方向が一致しなければ、効率的なコーチングは不可能だと思っています。

    それでは目指す方向を合わせるためにはどうしたら良いのでしょう?

    コーチがコーチィに寄り添って、コーチィの目指す方向を一緒に確認しましょう。ある子の目指すところは3、別の子は5、さらに別の子は7を目指す。私はそれが自然だと思いますし、個に合わせたコーチングとは本来そのような常態を表すのではないでしょうか。

    組織として考えるのであれば、7できる子のできない3をできる子がいれば、2人で必要な能力は補えるようになると思いますし、個性が生きた状態ではないでしょうか。

    コーチとコーチィそれぞれの目指す方向が同じであれば、お互いが感じるストレスも減るでしょし、信頼関係を構築する環境も整うのではないでしょうか。

    親子ですら、相手が予想通り、こちらが思う通りに行動することは稀かと思います。血の通わない師弟関係であれば尚更のこと意思疎通が難しいのではないでしょうか。

    他人は変えられません。もし、関係を改善したいのであれば自らが変わらなければないのでしょう。相手に歩み寄ってゴールを確認しましょう。目指すところがグレーだとして何か問題はありますか?

    それはたとえ親子でもそうなのです。相手には意思があり目指す方向があります。コーチィに寄り添い共に歩もうではありませんか。

    Have a nice your journey!

  • べき論

    男はこうあるべき。女はこうあるべき。

    大人らしさ。子供らしさ。

    長男はこうあるべき。末っ子だから。

    妻はこうあるべき。夫は⚪︎⚪︎すべき。

    結婚したら⚪︎⚪︎すべき。

    初心者は⚪︎⚪︎すべき。

    新入社員は⚪︎⚪︎すべき。

    新しく組織に加わった人間から挨拶すべき。

    若人は年長者に従うべき。

    コーチィはコーチに従うべき。

    店員はお客様に従うべき。

    後輩が雑用をすべき。

    乾杯はビールですべき。

    寿司屋では光り物から食すべき。

    蕎麦屋では冷たい蕎麦を注文すべき。

    ラーメンは硬麺で注文すべき。

    肉はレアで焼くべき。

    餃子にはにんにくを入れるべき。

    食通は焼き鳥を塩で食すべき。

    修行は皿洗いからすべき。

    見習いが一番最初に出勤すべき。

    新入社員がお茶汲みをすべき。

    野球部は坊主頭にすべき。

    初心者は左側を通行すべき(車の運転)

    男はコーヒーをブラックで飲むべき。

    女は愛嬌を振り撒くべき。

    皆さんの中に当てはまる【べき】はありましたか?

    皆さんの中にはどのような【べき】がありますか?

    【べき】に当てはまらない人を見た時、自分が【べき】から外れてしまった時、ストレスを感じませんか?

    【べき】に対する思いが強ければ強いほど、外れた時に受けるストレスも強くなり、感情コントロールが苦手な人ほどストレスが怒りに変換され、最悪の場合他者にその怒りが波及してしまうのです。

    結局のところ、自分で自分を生き難くしていませんか?

    枠のない世界を想像してみてください。

    枠がなければ枠をはみ出す。という概念が生まれないのではないでしょうか?

    枠からはみ出なければストレスや怒りは感じないと思いません?

    コーチが出来ること。それはコーチィの枠をできるだけ広げてあげることではないでしょうか?

    枠が広ければ広いほど、ストレスや怒りといった感情から解放され、他人の価値観に対しても寛大になることができるようになり、多様性の世界が広がると思いませんか?

    べきが強く枠が狭ければ狭いほど、自分も他人も傷つけてしまうのです。

    最悪の場合、自分のべきと相手のべきが交わる世界を見出せない時に争いが生まれるのです。

    世の中のコーチの皆さん。一緒に寛大な世の中を作ろうじゃありませんか。

    相手を赦す心を育みましょう。

    Have a nice your journey!

  • 弱者

    組織に属すると大きく分類して、運営する側と運営される側に別れますよね。

    好き嫌い、良し悪しに関わらず、パワーバランスとしては運営する側が強者で、運営される側が弱者かと思います。

    組織の方向性や、さまざまな物事の決定権、マジョリティとして組織内の文化や常識を形成するのが強者かと思います。

    多少、誇張した表現になりますが、一方でマイノリティに分類される側の人間は、組織内でなるべく目立たず、自分の呼吸/意思を押し殺しながら、波風を立てる事なく日々潜むような一面もあるように思います。

    一方で強者と分類される側の人種は、自らがマジョリティに分類されていると認識している限り、自分の思想や発言、振る舞いに至るまで、自ら発信する情報は全てが正しいと思い込み、挙句、周囲に同調を求めます。

    悪気はなく無意識のうちに他人と同じ意見、同じ振る舞い、同じ格好である事を強要してしまったりもします。いつの間にか自らの低過ぎる自己認識や、強過ぎる自己顕示欲に支配されてしまい、物事を俯瞰して見ることができなくなってしまうのでは無いでしょうか。

    マイノリティ、マジョリティ、どっちが正解という話ではなく、一般的にマジョリティが市民権を得やすい傾向にあるとは思います。しかしながらマジョリティが全権を持っていい。というわけではなくマイノリティの意見も同じ一つの意見として、組織の中で尊重され対等に議論される世の中が健全なのではないでしょうか。

    コーチたるもの長い物に巻かれる事なく、客観性をもちコーチィの内省に寄り添いたいですね。

    それがマイノリティであればあるほど、やりがいがあると思いませんか。

    上辺だけでなく本当の意味で多様性のある世界を築こうではありませんか!

    Have a nice your journey!