つい先日、姉妹の喧嘩の仲裁に入った父親が暴行罪で逮捕されました。
大きくメディアで紹介されている事件であり、詳細は省きますが、長女がChat GPTに相談したところ、児童相談所への相談を勧められたそうです。結果として、長女の意向に望む望むべからず父親は逮捕され、職を失うことになりました。
各方面から、長女の判断と行動について、父親の過去の言動や振る舞いに対して、父親が所属する組織のリスク管理について、母親の対応について様々な評論が飛び交っています。それらについては評論家の先生方にお任せするとしまして、特に実情を把握できていない私から私見を述べる事は控えさせて頂きます。
今回の件をコーチの立場から見てみましょうか?
娘さんの行動と声明から、対応に困り答えを見つけるためにChat GPTを頼ったことが伺えます。また、Chat GPTの回答に疑問を持つことなく行動に移してしまっているように思います。コーチングで一番大事なのは、コーチがCoacheeに対して問いかけることで、Coacheeの中にある解を導き出す。というプロセスがあるのですが、娘さんをCoacheeとして考えた場合、自分の内省に働きかけるプロセスが今回は欠けていたのではないでしょうか。
恐らくですが、とても素直で周囲の空気を読む事に長けたお嬢さんなのではないでしょうか。これまでの人生の中で、お嬢さんの内省に働きかける大人に出会った経験が乏しく、人と違う意見が内政にあったとしても周囲に合わせてしまったり、内省に働きかける前に周囲からのアドバイスや提供された回答をそのまま信じ切って行動に移してしまうことが常態化していることが予想されます。
父親としては娘に反論されてカッとなった。とコメントしているようですが、どれほどの勇気を持って娘は父親に対して反論したのか?手を出す前に相手の意見を聞くための一言が出てこなかったのか?相手の立場になって物事を考える。というコミュニケーション術に理解が不足しているように思います。
昨今、多様性という言葉が一人歩きしている感が否めないですが、今回の場合こそ相手の気持ちを考えることが本来の意味での多様性ではないでしょうか。
憶測になってしまいますが、これまでの子育ての中で相手の立場に合わせて議論する。相手の話を聞いた上で自分の主張を伝える。といった機会が少なかったのではないでしょうか?例え我が子でも一人の人格として接する着眼点が乏しかったように思えてなりません。
子育てをする上で、まずはTeachingによる子供への教育が主体となるのは仕方のないことです。しかしながら、年齢の上昇と共にCoachingという手法を取り入れることで、本人の人間性やあらゆる感性を育むことができると私は考えます。
端的に申しますと、Teachingで相手が納得すれば(表面上はそのように見えているだけ)教える方も教えられる方も「考える」というプロセスが最小限で済むので、結果としては労力がかからず楽になるでしょう。
一方でCoachingになると、相手が納得して習得し行動に移すまで労力も時間も掛かります。また相手から質問にも答えなければなりません。年齢と共に質問の難易度も上がり直ぐに答えられない質問も増えてくることでしょう。それを面倒という一言で片付けてしまうのは非常に残念でなりません。
分からない問題を一緒に考えるという時間、経験が子供の成長に大きな役割を果たすと私は考えます。それらの経験は子育てにおけるCoachである親と、Coacheeである子供の双方の成長に繋がります。
厳しいことを申しますと、忙しい毎日の中、面倒な質問になど答えてられない。というのは論点をずらした子育ての放棄である。と思います。
誰も子供に不幸になって欲しい。なんて思っていませんし、一生懸命、正解のない子育てに日々、悪戦苦闘しているかと思います。
しかしながら、努力の方向が噛み合わず、双方のちょっとした認識のずれが、取り返しのつかない結果に繋がってしまっているのが残念でなりません。
寛大でもっと身近にコーチングが浸透するために一緒にがんばりましょう。
当事者のお二人もご家族の皆様にも素晴らしいメンターが現れ前向きになれる人生が続くことをお祈り致します。
Have a nice your journey!
