善か/悪か、賛成/反対、白か/黒か、可/不可、許す/許さない、Agree/Disagree、
本当に答えはそれだけですか?
不祥事が明るみになった際、全否定してあたかも自らが全知能になった勢いでターゲットを糾弾する者、一方でターゲットの人となりやバックグランドを含め、過去の栄光やこれまでの貢献を全面に出して擁護する者。
壊滅的に「議論」というものに対して、疎いこの国で自分の意見を主張することは何ら間違いは無いと思います。自らの主張を秘めながらも相手の意見に耳を傾け、合意を形成している過程にあるのが「議論」かと思います。しかしながら、誠に残念ではありますが、自らの主張を述べる者は、将来の合意形成を目指すのではなく、自らの主張と異なる考えを持つ者を敵と見なし、如何に自分の主張が正しいか?正論か?に主観を置き、相手を論破し貶め度が過ぎると謝罪するら求める傾向が見て取れます。
最近、個人的に気になるのは、ある問題に対して著名人がコメントを寄せたとします。すると反対意見を持った匿名者が、ここぞとばかりに過激的かつ攻撃的な意見を投稿し、対立を煽るような構図を作り上げる様子を目にします。
なぜ自らの意見にそこまで固執し、相手に対して攻撃性を持ってしまうのでしょうか?
秘匿性があるから何を言ってもいい? 承認欲求? 同調圧力?
>全く別のストレスを抱えた状態でウサ晴らしに投稿、
>一度、過激な発言をしたら閲覧数が伸びた、
>ターゲットへの嫉妬、妬み、一方的な恨み、
などなど、全く同じ状況などないでしょうし、個別に事案を掘り下げなければ真因は見えて来ないかと思います。
世の中に聖人君子などおりませんし、誰もが大なり小なり過ちを犯す世の中かと思います。
白/黒だけでなくグレーがあってもいいのではないでしょうか?
前回は自分の意見を聞いてもらったから今回は譲ろう。相手の意見も一理あるから折衷案で折り合いをつけよう。この問題について相手の方が思い入れが強そうだから私は一歩下がろう。こんな事を言って相手は傷つかないだろうか?
相手へのリスペクト、相手の立場に立って物事を考えてみる。自分の意見と違う考え方を取り入れる。なぜ自分と違う結論に至ったのか?
相手に寄り添った考え方ができると、過激的、攻撃的な感情も少なくなるのではないでしょうか?
大学生でコーチングや心理学を学ぶ。又は社会人となってコーチングに出会い考え方が変わる方もいるでしょう。果たしてそのような人は全人口の何%程度でしょうか?ビジネス書を1冊読んだ人から資格取得してプロコーチとして活躍している人まで、習熟度は様々かと思いますが、多く見積もっても10%程度ではないでしょうか?
まだまだマイノリティですね。
相手の価値観を尊重する。答えを押し付けない。などコーチングの基本的な考え方を広めるにはどうしたらいいか?
日本には義務教育という制度があり、その中で道徳という授業があります。私は答えがなく自分の考えを主張できる道徳の授業が好きだったのですが、皆さんはどうでしたか?
おそらくですが、大多数は道徳の意義が分からず積極的に取り組んでいるような生徒は少数だったように思います。語弊を恐れずに言えば、児童の価値観を醸成するような授業を提供できている先生も少なかったのではないでしょうか?
道徳の授業の中にコーチングの要素を組み込んで、体系的にコーチングを学ぶ環境が生まれると、様々な価値観を尊重できる子供が増え、将来的には共感力や主体性が今よりも育まれると思うのですが、皆さんはどう思われますか?
議論することへの抵抗もなくなり、多様性を幼少期から学べると思うのですが。
そんな単純な方法論ではない。と識者の方から怒られそうですね。
でも、誰かが一歩を踏み出さなければ正解か不正解か?もわからない訳で、、、
一人でも誹謗中傷で悩む人を減らしたいですよね。
その為に何ができるか?
いっしょにがんばりましょう。
Have a nice your journey!
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